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地鎮祭での集合写真

2025年3月24日(月曜日・晴れ)、縁起の良い友引の日。午前11時、干潮から満潮へと潮が満ちる力強いエネルギーに合わせ、工事の安全と未来の発展を祈願し、無事に地鎮祭を執り行った。まずは、ご参加いただきました関係会社の皆様をはじめ、多くのお祝いのメッセージをお寄せいただいた皆様、そして波上宮の宮司様に心より御礼申し上げたい。

まさか私が自社スタジオを建設することになるなんて、想像すらしていなかったけど、ついにこの日が来た。人生って本当に面白い。この地鎮祭には必然と珍プレーが重なり、忘れることができない出発の門出となった。その必然と珍プレー、そして私の心中を記しておくためにブログを綴りたいと思う。

必然!?両親と迎えた地鎮祭

まず、地鎮祭で何よりも嬉しかったことは、私の両親も参加できたことだ。私にとって、いつになっても最大の安心源は父と母だ。仕事でもプライベートでも、大きな決断をする時は必ず両親に相談する。もっとも、返ってくるのはたいてい否定と反対ばかりだけど…(笑)。

20代・30代の頃は、反対されることが窮屈で仕方なかったし、「なぜ信じてくれないんだろう?」と苛立つことも多かった。しかし、40歳を目前にして、大きな変化があった。自分の至らなさが両親に伝わっているからこそ心配されるのだと理解できるようになったのだ。それに、親が子を心配するのは当然のこと。私自身も、今年中学生になる息子がいる。できるだけ危険な道を歩かせたくないと思う気持ちは、今なら痛いほどよくわかる。

私の息子が成長すればするほどに「親心」というものを強く共感し、両親への苛立ちは完全に消えていた。「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。なぜならあなたたちの息子だから。」今ではそう確信し、不安を安心感に変えることができている。

両親からの提供写真(親切な方が撮影してくれたようだ)

そんな私の気持ちを込めた親孝行として、2025年3月21日・22日に沖縄サントリーアリーナで開催された**「DREAMS COME TRUE 35th Anniversary ウラワン 2024/2025」**のペアチケットを、昨年プレゼントした。きっとこれは必然だったのだろう。ライブの2日後に地鎮祭を執り行うことが決まり、両親がその場にいてくれた。それが何よりも嬉しかった。

特に、ドリカムの大ファンである母にとって、ライブと息子の地鎮祭に参加する沖縄の旅は、きっと最高の時間だったに違いない。

地鎮祭最大の祈りは、まさかの…

地鎮祭の前夜、経理担当の妹とその娘、そして両親と食事を楽しんだ。久しぶりにお腹いっぱい食べ、満腹感で歩くのも必死だった(笑)。しかし、悪夢はそこから始まった。

自宅へ戻り、入浴を済ませ就寝。ここまでは順調だったのだが、深夜に胃のむかつきで目が覚め、食べたものをすべて嘔吐。それを何度か繰り返し、朝方になっても症状は悪化する一方。悪寒がし、ひどい下痢に襲われ、ついには起き上がることすらできなくなった。

しかし、一世一代の自社スタジオ建築の地鎮祭。しかも施主である私が欠席なんて、地球がひっくり返ってもあり得ない。社員に支えられながらなんとか会場へ向かい、椅子に着座。だが、腹痛で脂汗が止まらず、視界は霞み、じっとしていられない。今にも倒れそうだった。

地鎮祭
土地の4つ角へ御祈祷

そして、頭に浮かんだのはたった一つの願い―― 「ここで倒れたら間違いなく脱糞だ。神様、どうかそれだけはお許しください…!」

土地の神様に工事の安全と未来の発展を祈願しながら、私はひたすら「脱糞しないこと」だけを願い続けていた。

地鎮祭
地鎮祭の祭壇

それでも、約3年かけて積み上げてきた自社スタジオの建築プロジェクト。その節目となる地鎮祭に、こみ上げる感動はひとしおだった。神様に願いが届いたのか、徐々に腹痛も和らぎ、脂汗も引き、視界もクリアに。ついに 脱糞の危機を乗り越え、無事に地鎮祭を終えることができた。

直会の席で感じた感謝と気づき

地鎮祭後には、参加者の皆様と楽しむ直会(なおらい)を用意していた。しかし、私は一口も食べられず…。せっかく用意した美味しそうな料理を前にして、ただ指をくわえて眺めるしかなかったのが本当に悔しい。(後日、必ず同じ料理を注文し、一人で完食してやる。)

それでも、ご参加いただいた波の上宮の宮司様、関係会社各位様、区長様、家族、社員を含めてこのプロジェクトに関わってくださるすべての方々が、楽しそうに料理を召し上がる姿を見て胸がいっぱいになった。

地鎮祭の直会での三線披露
優しい笑顔で三線と歌を披露する島袋利貞社長

特に、株式会社大興建設建築の島袋利貞社長が三線を奏で、皆で手拍子し、声を合わせて歌った時間は最高だった。温かく、楽しく、一体感に満ちた素晴らしいひととき。

そして、+T(タスティー建築設計事務所) 代表の豊見里和史様からの言葉。「資金の問題を含め、様々な問題にあーでもない、こーでもないと悩む姿を、一番近くで見守ってきたつもりです。」

地鎮祭での挨拶
ご挨拶を頂いた豊見里和史様

この言葉に、思わずハッとした。私は、課題に向き合うことで精一杯で、近くで支えてくれる人たちへの配慮が足りていなかった。本当に情けない。そして、本当に申し訳ない。これまで私の現実離れした理想をまずは受け入れてくれて、それを踏まえ現実的に落とし込んでくれる力量を強く感じた。決して自分の正解を押し付けることをせず、依頼主の理想に近づけてくれる。それは私自身の写真に対する姿勢や考え方にも似ているところがある。加えてイケメンなんだからもう鬼に金棒だ。

また、株式会社大興建設建築の企画開発部取締役部長の池原周様、営業部課長の上間小百合様には、最初からずっと自社スタジオ建築に向けて併走していただきいくら感謝しても足りない。土地探しの段階から何度も相談に乗ってくださり、様々な土地を一緒に見に行ったのも、ドローンを飛ばして標高からの景色を確認したのも今となっては良い思い出です。全体的なハンドリングを女性ならではのしなやかな考え方で整えていただき、自社スタジオ建築は難しいのではないか?と不安な時も、気持ちよく打ち合わせに向かうことができたのも上間さんが出迎えてくれたからだ。

資金繰りに難航している不安な私に、いつも軽快なトークと冗談で気持ちを和ませてくれて支えていただき、融資決定の最後まで尽力してくださった株式会社琉球銀行事業性営業担当の上間陽平様。本当に皆様に心から感謝の気持ちでいっぱいだ。

いよいよ始まる建築

まだ工事は始まったばかりなのに、すでに胸がいっぱいで大丈夫だろうか?でも、スタジオが完成した瞬間を想像すると、嬉しさと幸せで胸がキューっと締め付けられる。

地鎮祭での三線披露
島袋利貞社長の三線に合わせてみんな手拍子を打って大合唱

直会も無事にお披楽喜。体調不良を超える感動を味わい、とても楽しい時間を過ごせた。改めて、ご参加いただいた波上宮の宮司様、関係会社の皆様、多くのお祝いメッセージをお寄せいただいた皆様に感謝を申し上げたい。

そして、最後になったけど、全く役に立たなかった私の分まで必死に頑張ってくれた社員たちへ。全て自分たちの判断と行動で、地鎮祭と直会を成功させてくれてありがとう。

地鎮祭、いや“地珍祭”⁉ すべて真実です!

最後に、本記事には地鎮祭の場にそぐわない表現が一部含まれております。決して軽んじる意図はなく、何よりも事実を率直に伝えることを重視し、飾らない言葉で綴ることを選びました。しかし、不快に感じられた方がいらっしゃいましたら、深くお詫び申し上げます。その趣旨をご理解いただき、少し違った視点で記した「地珍祭」の記録として、お楽しみいただければ幸いです。

地鎮祭進行:波上宮
ご参加企業:株式会社大興建設
      株式会社琉球銀行
      +T(タスティー建築設計事務所) 
       有限会社中原電設
      有限会社沖水
      座喜味自治会
お料理提供:つちなる
写   真:宮里有香(株式会社 村上佑写真事務所
施   主:株式会社 村上佑写真事務所
      photo studio ouchi

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